こころとおカネのいい関係

私は大学時代、行動科学(社会学と心理学)を研究しており、人間の心理が行動に及ぼす影響の大きさを実感してきました。

ファイナンシャルプランナーとして仕事をする中でも、ほとんどの方がお金に関して何かしらのメンタルブロックのようなものを持っていることがあり、心の動きのよって必ずしも合理的な決断ができないという場面にも何度も遭遇してきました。

今回のコラムでは、皆さんが適切にお金を使えるように、心に留めておいていただきたいことを少しお話してみたいと思います。

【コラムニスト】

 ファイナンシャルプランナー 三井明子

●心のお財布(メンタル・アカウンティング)とは?

皆さんは、「一生懸命働いて稼いだ100万円」と「宝くじで当たった100万円」を同じように使うでしょうか?

どちらも全く同じ100万円ですが、苦労して手に入れた100万円の方を大事に使うという人が多いのではないでしょうか?また、3万円入っているお財布から千円を使うのと、2千円しか入っていないお財布から千円を使うのとでは、感じる重みが違うという事はありませんか?

このように、お金をどんな風に使うかという意思決定が、お金の出所によって変わることをメンタル・アカウンティングと言います。心の中に違う種類のお財布を持っている、お金の重みが状況や割合によって違うように感じる、ということですね。

これは決して、良いとか悪いということではなく、我々の心にはそういった特性がありますよ、ということですので、それをしっかり理解しておけば、逆にその心理を賢く利用することもできます。

ムダづかいを防ぎたい、たくさんあるとついつい使ってしまう傾向が強いな、と感じる方は、普段持ち歩くお金を少なくすることで、使い過ぎを防ぐこともできると思います。また、目的に合わせてお金を貯めておく場所や方法を変えるというのも良い方法だと思います。

●目の前の欲求には勝てない?(現在志向バイアス)

皆さんはお給料やボーナスが入ったら、すぐに使いたいと思ったことはありませんか?

私は趣味でスキューバダイビングをするのですが、ある南国の国へ行った際、現地の人がもらったお給料をその日かその次の日のうちに全て使ってしまうのが当たり前という光景を目の当たりにしました。(現在はどうか分かりませんし、全員がそうではないと思いますが…。)

三日目にはお金が無くなると言うので、その後はどうするのかと聞いたら、知り合いに借りたり、魚を釣って自給自足して翌月の給料日を待つということなんです。給料日がくるとそれまで我慢していたので、また一気に使ってしまうというサイクルの繰り返しなんですね。

これは極めて極端な例ですが、人間は(人間に限らず動物も)目の前にある欲求には弱いのです。今使わずに我慢していたら、後でお金が倍になるよと言われたとしても、あれば使ってしまいたくなるのが人情です。

そしてこの現在志向バイアスは、「興奮している時」により強く現れます。たとえば、街を歩いていて「素敵なお洋服を見つけた(=興奮している)時」は、我慢しづらくなります。これが衝動買いにつながるわけですね。

「そこまでのお金をかけて買わなくてもよかったかも・・・」という後悔を少なくするには、興奮を鎮めてから買うかどうかを判断するということが重要なので、10分~15分でもいいので、落ち着くまで待ちましょう。「素敵なものを見て、興奮状態にある」ということを自分で認識して、「判断を誤るかもかもしれない」と一回立ち止まるだけでも冷静さを取り戻せるはずです。

ちなみに、私は衝動的に欲しいと思ったものは、なるべく3日以上空けてから、それでも欲しいと思ったら買うというルールを自分で作っています。

●お金の物差し(アンカリング効果)とは?

皆さんはテレビショッピングなどで、最初に提示された金額が「少し高いな・・・」と思っても、その後で提示された「今ならこれがなんと〇〇円!」という割引後の価格を見ると「安い!お得だ!」と感じてしまったことは無いですか?

このように、最初に提示された金額が価値判断の基準として強く印象に残り、次に見たものと比較して判断してしまう現象をアンカリング効果と言います。

人は必ず、「高い」「安い」を判断する時には何かを基準(物差し)にしているはずです。何と比べて「高い」あるいは、「安い」と思ったのか、「自分が基準にしたものが何か?」ということを考えることで、その判断が合理的かどうかをある程度見極めることができると思います。

このアンカリング効果というのは、皆さんが思っている以上に強い効果を持つため、冷静に判断するように心がけてもらえたらと思います。

●知らないモノより知っているモノがいい?(現状維持バイアス)

「これまで使ったことのないものを買う」、あるいは「これまでやったことのないことに挑戦する」という時、そこには心理的なハードルが存在します。それは、「変化」が良いものであれ悪いものであれ、変化に対応する時に人はストレスを感じるからです。

我々の本能は生存欲求(守りの意識)が強いので、安全を求めるあまり、「これまで使ってきて(経験して)大丈夫だったもの」を選びたがる傾向があるのです。

これまで貯金をしてきて、特に減ったことがない(=安全)と認識している人は、減るかもしれない投資を始める時には抵抗感があることが多いでしょう。

逆に一度投資信託などをやってみて、多少の値動きはあるけど大丈夫(このくらいの変化は許容できる)と感じた人は、株式などの違う金融商品を買う時に、はじめての人よりも抵抗感は少なかったりします。安全重視でコツコツ貯金をしていくのか、可能な範囲でリスクを取って将来の不安をカバーしていくべきなのか。冷静に判断するには、自分の心の中にある「抵抗感」がどこから来ているのか?を見る必要があります。

「やったことが無いから」という不安感が強いようなら、少額で「まずはやってみる」というのも良いかもしれないです。

また、多くの人は「考えるのが面倒だから」というシンプルな理由で、わずかなコストで大きな利益が得られるとしても、現状維持(=思考停止)しがちです。

たしかに現在、金融商品は複雑化しており、目論見書や約款など、専門家でないと完全に理解するのが難しいものも多くなっています。こうした場合は、その内容をかみ砕いて分かりやすく説明してくれる専門家に助けてもらい、思考停止になるのを防ぐのもいいですね。

●一度手に入れたものは手放し難い?(保有効果)

私たちは、自分が持っている物には高い価値があると思っています。

お気に入りの服やゲームを売ろうを思った時、自分で考えていた価格よりずっと安い値段でしか引き取ってもらえず、がっかりというか、ショックだったという経験はありませんか?

自分が所有しているものに対しては、何らかの「思い入れ」があって当然です。一生懸命働いてやっと手に入れたマイホームの場合、その苦労とともに、そこで過ごした家族との日々の思い出も合わさって、それを売りに出す時には高く評価しがちなのです。

ただそれは、あくまで主観的な価値ですから、市場に出た時には残念ながらその「プラスアルファ」は加味されません。思った金額で家が売れず、かといって思い入れもあるので値段を下げるわけにもいかず、二重でローンがかかり続けて結局損失が増えてしまったということも実際にはあります。

こうした人間の心理を理解し、ご自分が売る立場の時は、冷静に市場価値を判断して、あまりに楽観的な資金計画を立てない方が良いですし、ご自分が買う立場の時は、売主の想いが乗り過ぎた価格になっていないかを見極めて、適正な価格で購入できるように交渉した方が良い場合もありますね。

●とはいえ、人間らしい感情も大切に

私は、相田みつをさんの「にんげんだもの」とか「しあわせはいつもじぶんのこころがきめる」という言葉が大好きなのですが、人はモノに想いを込めたり、意味づけをすることができます。

常に冷静に合理的に機械的な判断ばかりしていても、人生が楽しいか?というとそうでもないと思うのです。ためには羽目を外したり、失敗したりするのも、新しい可能性を開くことにつながったりするので、人生は面白いなぁと私は思います。

人は成功と失敗を反意語と捉えがちですが、成功と失敗は紙一重であり、どちらもただの「結果」です。そう考えると、成功と失敗は行動した結果であるという観点では同じであり、その反意語は「何もしないこと」ということになります。

ムダが一定含まれることを承知の上で、積極的に色々な情報を取りに行ったり、様々なことを試してみたりすることで、人生に彩りが生まれると私は考えます。思考を停止し、何もしないという選択は、安全かもしれまんが、見える景色はずっと一緒です。

また、あまりに損得や細部にこだわり過ぎることによって、物事の大局が見えなくなり、結果的に目的を達成できなかったり、長い目で見た時に本当に得だったと言えるのか疑問に感じる、といったケースもたくさん見てきました。

もちろん、何でもバランスは必要なので、どちらにも行き過ぎることなく自分で自分の人生をコントロールできるということが大切なんだと思います。

ご自身だけは客観的に判断することが難しい、心の動きが強すぎて冷静になれないと感じた時は、周りにいる誰かの助けを借りることでバランスを保てばよいと思います。そうすれば、人間らしい感情を捨てる必要はないですし、一方では冷静に合理的に判断をできると思うのです。

常に心を安定させておくということも難しいので、皆さんの人間らしい感情や想いを大切にするためにも、ぜひいろんな人の助けを借りてみてください。


さて、今回は以上となりますが、いかがでしたでしょうか?

皆さんがご自分らしく幸せな人生をご自分らしく過ごせるように、我々もいつでもサポートさせていただきます。

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